私立文系大学卒会社員の米国株で徐々に逆転日記

米国株への投資で徐々に人生の逆転を目指すしがない私立文系大学卒会社員のブログです。

その時米国が動いた7 クリストファー・コロンブスの登場

 

エンリケ航海王子生誕よりおよそ半世紀、ポルトガルがアフリカ大陸西岸の南下に熱中していた頃、もう一人の主役、クリストファー・コロンブスがジェノバで生まれた。

コロンブスはリスボンに渡り、航海術や天文学、数学などを学んだ。そして思い至ったのが、それまで誰も実現できなかったことであった。

 

Cristoforo Colombo Costume Act II

 



アフリカ南端を迂回しなくても、西に進むとアジアに到達できる


というアイデアである。
もちろん、これは地球が球体でなければ不可能なことだ。

地球が球体であるという説自体は古代ギリシャ時代には唱えられていた。ピタゴラスが最初の提唱者とも言われているし、アリストテレスも地球球体説を唱えていた。
コロンブスの時代、知識人の間では地球球体説は広く信じられていたので、西に向かえばいずれはアジアに到達できると考えた事自体はさほど不自然なことではなかった。
問題は地球のサイズである。

紀元前3世紀頃に活躍したギリシャ人のエラトステネスは、地球の外周をおよそ46000kmとしていた。実際の地球の外周は約40000kmである。エラトステネスは紀元前3世紀にしてかなり正確な値を算出していたことになる。コロンブスの時代も実際の外周に近い値を信じていた学者も多かったが、コロンブスはフィレンツェの学者トスカネリの説を信じた。トスカネリは地球の外周を実際より小さい約29000kmとしていた。コロンブスは独自の計算により地球の外周をさらに小さいおよそ26000kmとした。
コロンブスの説によると、スペインから日本の西回りの距離は約4800kmになる。実際には約19000kmなのでアジアがずいぶん近くにあると信じていたことになる。

 

地球の外周の各説

  外周 実際の外周との比較(%)  備考
エラトステネスの試算 46250 116 紀元前3-2世紀の学者
実際の外周 40000 100  
プトレマイオスの試算 29000 73 1世紀の学者
トスカネリの説 29000 73 15世紀の学者
コロンブスの試算 26000 65 15世紀の冒険家

 

コロンブスはスペインから4800kmほど西へ進めばアジアに到達できると主張した

コロンブスはスペインから4800kmほど西へ進めばアジアに到達できると主張した

 

もしエラトステネスの説を採用していたならば、西回りでアジアに到達できると主張できなかっただろう。地球が球体だとしてもエラトステネスの説に従うとアジアはあまりにも遠すぎる。コロンブスはアジアに行きたいがために、地球がずいぶん小さいという説を主張したのであった。