子供の時以来に手に取った十五少年漂流記を久しぶりに読んでみた。
『十五少年漂流記』は、フランスの作家ジュール・ヴェルヌが書いた小説。十五人の少年たちが乗った船が遭難し、無人島に漂着してしまう。彼らは無人島に生息してる動植物を活用しつつ、生き残るために奮闘する。仲間割れや海賊まがいの集団の侵入など様々な事件が起こり、何度も危機が訪れるが、少年たちは友情や団結力、知恵を使って乗り越えていく。ロビンソン・クルーソーのような物語。小説中にもロビンソン・クルーソーが頻繁に取り上げられている。
主要人物のブリアン(フランス人)は非常に好青年として描かれているが、ドニファン(イギリス人)は途中までずっと嫌なやつとして描かれている。それは作者がフランス人だからなのだろうか。それは、ともかくとして私が気になったのは『十五少年漂流記』の次の記述。
翼が火のように赤いフラミンゴの群れを見ると、ドニファンはもうがまんできなくなった。フラミンゴは、塩分を含んだ水を好み、その肉はヤマウズラの肉と同じくらいおいしい。また、きちんと列をつくって歩き、見張り番がいて危険が近づくのを感じるとラッパのような鳴き声を上げる。この美しい鳥を見て、ドニファンは自制心を失ってしまい、ウィルコックス、ウェッブも同様だった。
ジュール・ヴェルヌ.十五少年漂流記 〔完訳決定版〕(創元SF文庫)(Kindleの位置No.3529-3532).東京創元社.Kindle版.
「フラミンゴは、塩分を含んだ水を好み、その肉はヤマウズラの肉と同じくらいおいしい。」
そう。フラミンゴがとても美味しい鳥だと書かれているのである。
しかも少年たちがフラミンゴを食べたときのようすを見てみると、
フラミンゴの羽毛をきれいにむしり、内臓を抜き出し、香りのよい草を詰めて、ほどよく丸焼きにした料理が、とてもおいしいと皆に好評だったのである。翼や脚も全員に行きわたるほどあり、この世で最高の珍味と称される舌も皆が少しずつ食べたのだった。
ジュール・ヴェルヌ.十五少年漂流記 〔完訳決定版〕(創元SF文庫)(Kindleの位置No.3774-3776).東京創元社.Kindle版.
フラミンゴの丸焼きは少年たちにも好評だったそうだ。
しかし、私はこの部分をかなり疑わしいと思ってしまった。フラミンゴはどう考えても美味しそうに見えないのだ。フラミンゴはエビやカニを食べていることにより、それらの色素の影響を受けてあのような鮮やかな色をしている。それほど食べたものの影響を受ける鳥なら、餌の匂いがそのまま肉にも残ってしまいそうだからである。そんなフラミンゴの肉がおいしそうとはとうとい思えないのだ。
作者のジュール・ヴェルヌは実際にフラミンゴを食べたのだろうか。
フラミンゴは以下のようにワシントン条約で保護されている。
附属書Ⅱ:現在必ずしも絶滅のおそれのある種ではないが、取引を厳重に
規制しなければ絶滅のおそれのある種となりうるもの。輸出国の許可を受
けて商業取引を行うことが可能。
そのため、ネット上で探してみても実際にフラミンゴを食べた人の感想は見つけることができなかった。ただ、ウェブサイトによっては「世界一まずい鳥」という書いているところもあり、どう考えても美味しくはなさそうだ。
しかし、フラミンゴはまずいとは言っても、たとえば鶏よりはまずいというだけで実際にはそれなりにおいしい可能性もありそうだ。事実、Wikipediaにて古代ローマの料理書『アピキウス』について調べてみると以下のような記述があった。
『アピキウス』の中に出てくる食物は、地中海盆地周辺の古代世界の日常生活を再現するのにとても役立つ。しかし、そのレシピは当時の最富裕層に合わせた物であり、2つから3つの料理は当時異国の食材であったもの(例:フラミンゴ)を用いている。
アピキウス (書物)」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』より。
2024年9月17日 (火) 23:30 UTCURL: http://ja.wikipedia.org/
また、証拠はないらしいが、料理書『アピキウス』の著者という説もある古代ローマの美食家マルクス・ガビウス・アピシウス。彼は「フラミンゴの舌こそこの世で一番の風味だと力説」していたらしい。ということはフラミンゴの肉についてはよくわからないが、少なくともフラミンゴの舌は美味といえるのかもしれない。ただし、古代ローマの大金持ちは孔雀の舌のような入手困難な食材を珍重していたという。そうすれば、フラミンゴの味ではなく入手の難しさが評価にバイアスを与えていたのかもしれず、フラミンゴの肉が本当においしかったのかどうかはわからない。
『十五少年漂流記』の作者ジュール・ヴェルヌはアピシウスの影響でフラミンゴを非常に美味な鳥であると書いたのかもしれない。少なくとも「この世で最高の珍味と称される舌も皆が少しずつ食べたのだった。」の記述はアピシウスの主張の影響を受けている気がする。
やはりジュール・ヴェルヌが『十五少年漂流記』でフラミンゴの肉を美味と描写したのは、古代ローマの食文化に関する彼自身の博識さによるもので、実際にフラミンゴを食べたわけではないと思う。また、ヨーロッパで一般的にフラミンゴが美味とされていたわけでもないだろう。
当然のことながら、現在、フラミンゴの味を確かめることは不可能だが、そもそも色々調べてみてもフラミンゴは美味しそうではないし、味を確かめたいとも思わない。
しかし、『十五少年漂流記』を読んだことで古代ローマの食事情については興味がわいてきた。