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スペイン王国の成立。カスティーリャとアラゴンの統合

 

スペイン合同は、カスティーリャ王国とアラゴン王国が統合され、スペインという国家が誕生した歴史的出来事である。この合同は、政治的、文化的、そして経済的な影響をヨーロッパに及ぼし、新時代の幕開けとなった。

1469年、カスティーリャの女王イサベルとアラゴンの王フェルナンドの結婚が、スペイン合同への第一歩となった。二人の結婚は、単なる王族間の婚姻以上の意味を持っていた。この結婚により、後の1479年にフェルナンドがアラゴン王に即位したことで、両王国の統合が事実上成立した。

しかし、この合同は単純な政治的統合に留まらなかった。カスティーリャとアラゴンは、それぞれの法律、制度、言語、さらには通貨を維持した。したがって、合同はあくまで個々の王国の自立性を尊重する形で進められた。

この合同のもう一つの重要な要素は、レコンキスタの完了である。1492年、イサベルとフェルナンドはグラナダを征服し、イスラム教徒の支配からイベリア半島を完全に解放した。この出来事は、スペインのキリスト教徒国家としての地位を強固なものとし、国内の一体感を高めた。

さらに、同じ年にクリストファー・コロンブスによる新世界の発見が行われた。このことは、スペイン合同が世界史に与えた最も重要な影響の一つとなる。スペインは海外領土を拡大し、経済的にも大きな発展を遂げた。

しかし、この合同とレコンキスタの成果は、同時に迫害と排除の歴史でもあった。1492年、イサベルとフェルナンドはユダヤ人追放令を発布し、数千人のユダヤ人が国外に追放された。このような宗教的な排他性は、後のスペイン帝国の特徴ともなった。

結局、スペイン合同はヨーロッパ史上の重要な転換点となった。それは、単に二つの王国の統合を超えて、新たな国家の誕生、新世界の発見、そしてヨーロッパにおける宗教的・文化的な変革をもたらした。スペイン合同は、その後のヨーロッパの歴史において重要な役割を果たし、世界史におけるスペインの地位を確立した出来事である。

 

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