とうがらしの原産地はメキシコと言われているが、アンデス地方という説もある。またアンデスである。
とうがらしも例によってコロンブスによってヨーロッパに持ち帰られた。コロンブスはとうがらしのことをペッパーと呼んだ。ペッパーとは胡椒のことである。胡椒ととうがらしは全く異なる植物だが、コロンブスがとうがらしをペッパーと呼んだのは、自身がアジアに到達したと主張するためかも知れない。本来のペッパーである胡椒はアジアで採れる作物なのだから。
とうがらしの粉末-栽培が容易で値段が安い。粉末や輪切りにして使われることが多い。辛すぎてヨーロッパでは一部の地域を除きあまり受け入れられなかった。
こちらは胡椒。肉の腐敗を防ぐ働きがあることや風味が良いことなどからヨーロッパでは盛んに利用され、極めて高い価格で取引された。
コロンブスが持ち帰ったとうがらしはヨーロッパではあまり受け入れられなかった。あまりに辛すぎたからだと言われている。ほぼ例外的にイタリア半島の南部ではとうがらしは受け入れられ、いくつかのイタリア料理にはとうがらしが使われるようになった。アーリオ・オーリオ・ペペロンチーノはその最たるものだろう。とうがらしは胡椒と比べると、いや、比べ物にならないほど栽培が容易である。そのため値段が極めて安く、貧しい人々の間では胡椒に代わって利用された。
イタリア南部など、一部の地域ではとうがらしは受け入れられ家庭料理の調味料として利用された
とうがらしをアジアに広めたのはポルトガルだと言われている。コロンブス経由のルートとは異なり、ブラジルを領土としたポルトガルがブラジルから直接とうがらしを入手し、交易とともにアジアへ広めたようだ。体温を下げる効果があるとうがらしはアジアの暑い地域で積極的に受け入れられた。
日本にもポルトガル人の宣教師から伝えられた。日本では辛すぎてあまり受け入れられなかった。日本料理ではとうがらしをほとんど使わない。当時の日本人の味覚には合わなかったようだ。一方、うどんの薬味としてはとうがらしは必須となっている。胡椒も日本料理の調味料としてはほとんど使われることがないが、とうがらしが伝わる前はうどんの薬味としては胡椒が使われていた。
なお、九州ではとうがらしのことを「胡椒」と呼ぶこともある。これはコロンブスがとうがらしを「ペッパー(胡椒)」と言い張ったことに由来するのかもしれない。
大分県の名産品柚子こしょう-ここでも「こしょう」という名が出てくるが、とうがらしのことである。
とうがらしは豊臣秀吉の朝鮮出兵により朝鮮半島にも伝わる。朝鮮半島では後に家庭料理の香辛料として積極的に用いられることになる。
※逆に朝鮮半島から日本に伝わったという説もある。